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いつもご覧下さいまして、ありがとうございます。
「まぁー、ここで一服」ブログは移転いたしました。 http://bbyuji.eshizuoka.jp/ 宜しくお願い致します。 # by yujibases | 2007-11-25 17:04
これからは"優しさ"を感じながら家具のデザインを考えてみよう。ふと そう思った。作ることもそうだが、ボーボワらしい新しいものをどう形にするか、なかなかまとまらない。 どうせ自分の好きなものをお手本にするしかないが、それは相性というか、直感で感じるもので女性と同じである。 好みを整理し、それがどういうものかをクリアーにしたいが、なにせ浮気もの、いろんなものについ手を出してしまう。 信念というか、これというものがないものだから、どんどん深みにはまる。 真のらしさは「かたち」からではなく、もっと内面的なものから出てくるもの。 そんなことは分かっている。それが自分に備わっていれば苦労はない。 今、いい気分のときは、自然に微笑みの出るやさしい気持ちになれている。 そんな気持ちで家具を作ってみたい。優しい心のある家具を。幸せな暮らしを描きながら。 私の小さな器の中を"優しさ"で一杯にし、自然体ですべてを受け入れることができれば、私自身が変われるような気がする。 まだ間に合うかも、いつもそんないい気分でいれるかも。 これから、これから.... ![]() 工房の周りはコスモスでいっぱい。10月初旬から咲き始め、もうすぐ11月。まだまだピンクのに染まったこの景色を楽しめそうだ。 昼間は暑いくらいだが過ごしやすいいい季節。でも朝晩はけっこう冷え込み、この秋 初めてbaseSの薪ストーブの試し炊きをする。 コスモス畑から、SHOPの煙突からでる煙に見とれながら「あぁー、もう少しで冬だなぁー」と実感し いい気分で、ボーとながめる。 それにしても、あっというまにストーブのいる季節になってしまった。さびしーが、年の終わりに近づくとだんだん自分の年のほうが気になりはじめた。 いつ頃からだろう、こんなふうに感じるようになってしまたのは。ついこの前まではこんなジイさんのようなことは思ってもいなかったのに。 いつまでこんな時が過ごせるだろうか。残りの人生 思いは果たせるだろうか。たどり着く前にタイムオーバー!。 そ、そんなー つれないことを.... まぁー、どうせ思いどうりにはならないないが人生。この世は修行の場。思いっきり生きるしかない。 まだまだこれから、「夢追(老)いて 思いは深(吹)し 気(木)ばっかり」 これまた幸せ。 ![]() ![]() 家具産地 飛騨高山で "暮らしと家具の祭典" が行われた。 会場の中央に高山らしい町屋がスケルトンで再現され、各部屋に展示した家具がいい雰囲気を醸しだしている。 それにしても5日間の会期中だけのために、よくもここまでやれるものだと感心する。 出展社数は10社ぐらいと小規模の展示会だが、高山は比較的規模の大きいメーカーが多く、曲げ木に代表される椅子などの脚物が中心の家具産地である。 飛騨の家具のイメージと意欲が伝わってくる見応えのある展示会だった。2年ぶりの視察だが各メーカーの真剣な取り組みは刺激になる。 国内の家具生産額は20年ぐらい前をピークに半減してしまった。高山も同じで苦戦しているようだが、将来に明るさが感じられる。 われわれも負けてはいられない。なんたって日本第一位の家具製造事業所数を誇る家具産地静岡だ。 でも残念ながら静岡県の家具出荷額はここ数年下降をたどり、長年の全国3位の出荷額が4位、5位となり、 なかなか打つ手が見えてこないのが現状である。 さて、どうしよう! 人ごとではない。 えーとねぇー???... あぁー また髪が・・・・・ ![]() 夏の終わりをつげる「虫おくり」が工房のある岡部町殿地区で、豊作を願っておこなわれた。8月23日 お寺に続く田んぼの道に農家の方がたいまつをたて、子供たちが鐘をならしながら 「なぁーんの虫おくる、青田の虫おくる」の掛け声とともに火をつけていく。 のどかで、幻想的な江戸時代から続く伝統行事である。 毎年、曜日 天候に関係なく8月23日と決まっているらしく、夕方からの激しい雨の中、なんとか行われた。 今年は知人を招きSHOPのデッキでそれぞれが持ち寄ったものを頂きながら、皆で楽しませてもらった。 見るほうは気楽なもので、毎年行われることが当たり前のように思っているが、作る方は大変なご苦労があることと思う。 こういう昔から地方に伝わる行事はいつまでも残してほしい。こんなゆとりのある生活がふつうにできる田舎ってほんといいなぁー。 自分のことで精一杯、私にはまだまだ遠くの灯りである。 ![]() 工房のすぐ近くの野田沢川の清流に古い橋がひっそりと残っている。その橋の欄干には「御大典記念 昭和三年三月竣工」と記された文字をかすかに残す。 昭和天皇の即位を記念して造られた美しい橋である。 昭和40年代にこの橋を取り壊し、新しい橋に架けかえる予定だったのを、 地元の方が反対したため、道路計画は変更を余儀なくされ、なんとか保存された。 高度成長の近代化の流れの中、この貴重な建造物の価値を認め、 残そうとされた方々には敬服する。 幅1.8m、長さ10mあまりの小さな橋だが、現存する数少ないアーチ橋で、 その直径が8.5mあり石造りの橋としては、県内最大の半円橋(眼鏡橋)だそうだ。 この地区は山間部特有の野面積み、割り石積みの石垣が多いところで、 その歴史や、技術伝播、工法は、文化財的意義を持つものである。 この橋の建造には地元の方も加わり、みなで協力してできたと聞いた。 きっと天皇の即位を祝う気持ちで心をこめて造ったに違いない。ここにも、日本のよさを見る気がする。 ことぶき橋というは看板は、橋を守ろうという地元の方々によって昨年秋につくられた。 看板がこの景観にあってるかどうかは別にして、みなさんのその思いは伝わってくる。 あぁー、いいなぁー、こういうことこそ「美しい日本」らしさが実感できる。 ほっとするひと時を味わえる岡部町の知られざる名所である。 スーパーで何気なく見たバナナのラベルが気になった。日本人が作ったエクアドル産バナナ。「私が田辺です。まごころをこめた、こだわりの自信作です。」 もしかして、あの時の田辺君?バナナを持った写真に彼の面影をみる。 中学2年の時、突然、一家でエクアドルに移住してしまった。 校長先生が全校生徒の前でエクアドルに行く彼を励まし、みなで見送った。 送る我々も複雑な気持ちだった。 きっと寂しかっただろうが、彼は涙も出さず毅然としていた。 あれから40年。よかった、自信に満ちた明るい顔だ。 異国で苦労も多かっただろうが、懸命に生きてきた いい顔をしている。 とてもうれしい。元気で活躍していることにほっとする。 あの時のことは私には忘れられない印象深い出来事であり、異国を身近なものに感じさせてくれた。 当時、なぜかブラジル移民募集のポスターが中学校にも貼ってあり、親には内緒で移民局に電話し、なんとか行く方法ないかといろいろ調べた。 社会の教科書で、アルゼンチンの羊のことを知り、大自然とともに暮らすアルゼンチンの羊飼いになろうと決めていた。 あの時、行けていたら、どういう人生が待っていただろう。 でも、本当によかったね。がんばっている姿がとても美しくみえる。 あの時の君が収穫したバナナをここにし、とてもすがすがしいいい気分だ。 これからもおいしいバナナを、子供の頃すごした懐かしい日本を思いながら、心をこめて作ってね。 遠い地で君のことを思いながらいただきます。ん~ おいしいよ! 田辺農園ことはテレビ朝日の素敵な宇宙船地球号でも紹介されたようだ。 2004/10/24 追記 このブログに、今までになくたくさんの方がアクセスして下さいました。 思いもよらなかった当の本人からもコメントも頂き、驚いています。 40年ぶりに連絡がとれ、メールでのやりとりもできるようになりました。 インターネットのおかげです。すごいですね。 ここでこのブログに記したことの訂正をいたします。 田辺氏がエクアドルに行ったのは、中学2年ではなく、中学3年を卒業してすぐだったようです。 でも、この40年前のことは、私の中に映像としてしっかりと残っています。 その後の進展状況、田辺農園のことなどをまた紹介させていただきます。 2007/8/3 ![]() 最近、山梨の別荘へ家具を納品させて頂いた。我々の家具は似合わないだろうと思っていたログハウスになんともしっくりと収まっている。周りのすばらしいロケーションとともに時が経てばもっといい雰囲気になるだろう。先日、先輩デザイナー二人と会食中に、これからの家具工房の方向性のようなことの話になった。 我々のことをよく知っているデザイナーから、これからはオンリーワンの家具が作れる強みをいかに活かすか、ユーザーはそれを求めていると。 その通りで、お客様の要望に応えていくことが、小さな工房のあり方だろうが、素直には頷けない面もある。 確かにオーダー品は、お客様の要望にそって作るのだから喜んでいただけるはずである。でも本当に満足し続けてもらえるだろうか、価格に見合った品質のものが作れているだろうか、便利屋で終ってしまっていないだろうか。 既製品、量産品でもいいものはいっぱいある。工業製品だからこそ信頼できるものも多い現実もある。 私は、家具を提案していきたい。それだけで完結されるものを。今の住宅、トレンドなどは考えない。いつの時代でも、どこでも落ち着く家具。目立ちすぎず、それなりの存在感もそなえた、飽きのこないもの。それには品があり、優しい。美しい。そんなの完成度の高いプレタポルテの家具がいい。作りたい。 やりたいこと、できることをもっと明確にしてみたい。求められていることにも応えていきたい。 でも本当に我々に求められいることはなんなんだろう... まぁー、♪「時の流れに身をまかせー」 気楽に力を抜いて。 ![]() 小さな人気ものが狭い部屋を駆け回り、留守がちのマンションが、急に騒がしくなった。 息子の嫁に、人の名前はいやとかで「そら」と名づけられた。つい「ちょら、ちょら」と呼んでしまうくらいかわいい。 とにかく、かまってもらいたいらしく、うるさいくらいじゃれついててくる。 甘えてすぐに仰向けになり露わな姿をみせる節操のないソラちゃんである。 彼らが今まで住んでいたアパートはペット禁止で、新しくペットが飼える引越し先を見つけたまではいいが、 すっかりその気になり、引越すより前にペットショップからワンちゃん抱えて我が家に住み始めた。 柄にもなく50年前のなかなかしぶい民家を見つけるもんだから、リフォームに手間取りあれからもう2ヶ月半。まだ引っ越せないでいる。 息子は一生懸命。忙しい合間を見ては夜遅くまで、自分たちの住む家づくりに励んでいるのはいいが、こだわり過ぎで、一向に前に進まない。 ほどほどにね。この調子だと引越しはまだ当分先のことになりそうだ。 ![]() かっこよかったなー。ヒッピースタイルのピ-ターフォンダは当時の若者の象徴でもあった。いかにもアメリカンらしい映画で、 ピーター自身の脚本ということでも話題になった。 あの頃、姉のジェーンフォンダのファンで、フランスに行って間もなくの頃だったが、どうしても見たくて、 パリの映画館でフランス語の吹き替え盤を見た。言葉はまったく分からなかったが強烈な印象が残っている。 そう思い出した。そういえば、女房と初めのデートで見た映画だったような気がする。彼女にはきっとつまらなかっただろう。 所詮、男にしか分からない世界。 70年の初夏だったと思う。帰りのカフェで、かっこをつけて飲んだパナシェで真っ赤になった。 一端の長髪にして、大人ぶっていたまだ坊やの頃のスーブニールである。 ![]() 4年ぶりのヨーロッパだが、いつもはパリとケルンの家具見本市をいっしょに回るが、今回は隔年にフランクフルトで開催される ハイムテキスタイルを一度見たくてパリはやめにする。 今年のドイツは暖冬でここ静岡より暖かく、20年ぶりの大きなストームが発生する少し変な陽気だった。 久しぶりのケルン国際家具見本市は最近のヨーロッパの家具の傾向を知る上で大変参考になった。 ある意味で、今まで見た中で一番分かりやすい身近な展示会に感じられた。 とにかく今回ほど、どのメーカーも同じような方向性が窺える展示会は初めてで、その傾向は日本とあまり変わらない。 今のトレンドを無視できないのかも知れないが、個性あるメーカーのあまりの変わり振りに戸惑う。 ひとつのブランドを長年かけてつくってきても、替わるのは一瞬である。 生産性と価格、販売を考えるとどこの国も同じで、安い輸入品に価格をリードされている限り、手をかけたものづくりのしにくい状況なのかも。 ここまでくると、きっとその反動はおこる。またその隙間も見えやすくなってくる。 日本の家具も世界のリーダーシップを発揮できるチャンスでもある。 今こそ原点に立ち返えろう。日本人の感性と技を生かしたものが作れる状況が近づいている。平成元禄の幕上げだ。 で、何をどうすればいいの...? 誰か 何か考えてー! よーし 今度はパリに行くぞー。やはりフランスの文化はあなどれない。 ![]() 作るものとしてはやはり、納得できるいいものを作りたい。 「いいもの」これがむずかしい。その価値観の違いにいつも悩まされる。 「まぁー、人の好み、考え方、それぞれ。」と曖昧にして、やり過ごせばいいのだろうが、そうは思えない悲しさ。 あまりに通じない人には、「じゃあー、何でもいいの!」とつい問いたくなってしまう。 けっして我々は、工芸家でも、作家でもなく、またその才能もない。自己表現の手段などとおこがましいことを考えたこともない。 おごらず、素直に、使う人のことを思いながら作っていきたい。 その思いからか自分たちの作る家具には、使い手と少しでも共有できる何かが欲しい。 それを作り手の押しつけ、自己満足と思われるならそのままを受け止めなければならない事かもしれない。 ただ思うは、物にも心があるということである。ものを考える人、それを作る人、そして使う人の思いがそのものに通じる気がする。 そのことはものづくりに携わっている者はより実感でき、粗末には扱えないものである。 家具はそういう物あってほしい。日用雑貨とはすこし訳が違う。 そのためにも、私たち作り手は、自分たちの役割をしっかりと認識し、本質を見失わないようにしなければならない。 安易な欲望を満たすだけの心のない物に惑わされてはいけない。 大切にしなくてはならないことを忘れず、いい家具を作りたい。 ![]() これからの我々の役目と、進むべき道を探ってみたい。 家具のことしかわからない世間知らずの私だが、家具を作ることによって学んだことは多い。 独立して早いもので23年が経つ、あの頃は自分で家具を作れることだけでうれしく、収入が無い不安より、 将来の夢への期待ほうがずっと大きかった。32歳の時である。 始めたものの、思うようにならない状態が長く続き、仕事など選んでおれず下請けをしながら、夜遅くまで懸命に働いた。 へこむ余裕などないままいつのまにか、40歳になっていた。 病身の家内には苦労をかけ、いつも愚痴をこぼしていたが、彼女は私の一番の理解者だった。 何も考えず、与えられたことを一生懸命やる大切さを教えてくれたあの頃の経験は、今の私の大きな支えとなっている。 現在も続けていく大変さは変わらないが、少しは大人になれたように思う。 これまで応援し、支えてくださった皆さんに、また、ボーボワの家具を使って下さっているお客様に心から感謝したい。 25周年が迎えられたら、ぱぁーと盛大に...? それなりに...?? 質素に!祝いたい。 まだまだこれから。初心に立ち返えり、ボ-ボワの未来に夢を託し、私の家具への思いを素直な気持ちで綴ってみよう。 ![]() 「えー、もう稲刈りなの!」あっという間に穂を付けたらしい。時の過ぎ行くのは早い。 それにしても田植えは、6月中旬だったから、4ヶ月たらずで収穫できるとは今まで気づかなかった。 古の弥生の頃からずっと同じように毎年稲が実り、きっと同じような光景がみられ、収穫を迎えたのであろう。 そんな思いをめぐらせながら、まわりの田んぼを背に、今週末に行われる朝比奈大龍勢のため、SHOPの庭をひとりで整備中、な なんと屋根の上に実った稲を発見。 信じられず一瞬、目を疑ったが、間違いなく稲穂だ! 不思議な光景に唖然する。そしてその生命力に驚く。 晩春から夏の間の暑い間は、屋根にスプリングクラーで水を撒いていた。それにしてもよくもここまで育ったものだ。でもまたどうして屋根に? という訳で、バーズでも立派な実りの秋をむかえた。縁起のいい天からの恵みだ。きっと今年こそはHAPPYな年末が迎えられる。 この愛おしい稲に、かしわ手で感謝を表したい。こんな気持ちになるとは... あぁ-、やっぱり前世も私は日本人だったようだ。 ![]() 時間がゆっくりと流れていく感じがとてもいい。目を閉じると、ニースの海岸で、眩しい太陽に晒されているような懐かしい気分に浸れる。 30年前のことが昨日のこと様に思える。あの頃の自分が、心の中にしっかりと残っている。南仏は忘れられない私の青春である。 時間に追われる日々、合間を縫ってのつかの間の休養ではあったが、とてもリフレッシュできた。 最近、老化が始まりつつあるのかいろんなことが整理できないときがある。優先しなくてはならないことを後回しにし、ついついほかの事をやってしまう。こんなときは気分一新、何もしないでボーとするのもいいかも知れない。 まぁー、なんとかなるさ! 流れにまかせて気楽にやっていくしかない。10年後、どう進化しているか楽しみである。
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